中森様ご夫妻(チャペルにて)

南房総にお住まいの中森博様は、若き日のパイロットから現在の牧師に至るまで、幅広くご活躍されています。

その人生の歩みと共に綴られてきた随想録とご著書を、すまいる情報にお送り頂きました。

中森様の「ぜひ次世代に伝えたい」との熱き思いを受け取り、また読者の皆様と共有したく、ほんの一部ではありますが、ここにご紹介致します。

 

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『全ての偉人の名声の陰には母が歩む』と言ったドロシイ・ティックスはまた、『人は妻を娶るまでに、母の感化によって、品性を形づくられる。かくして出来た品性は、結婚後妻の感化をもってしても容易に変えられないものである』とも申しております。

 

どの偉人を調べてみても、悉く母の偉大な感化によらぬはありません。

 

アブラハム・リンカーンは『私が今日このようにしていられるのも、また将来に対していろいろと描く希望も、すべてこれを天使の如き吾が母に負うのである』といっています。

 

トーマス・エジソンは『私をつくったものは母である。母は私に対して、何処までも真実を尽くしてくれたがゆえに、私もまた、母のために生きんことを願い、また母を失望させてはならぬと考えつつ働いた。』とその晩年に告白しています。

この母ありてこそ、一貧児エジソンは、ついに世界に稀な大発明家となったのであります。

 

最暗黒の英国を救ったジョン・ウェスレーの母スザンナは、殊に最も賢母の誉れ高い婦人でありました。

彼女は非常な子福者で、十九人の子を産んで、これを大事に育て上げました。

しかもその十九人の子供達と、毎晩一人、二人ずつ個人的に会見して、これを薫陶し、行き届いた家庭教育をして、立派に育て上げたのです。

スザンナが丁寧親切にその子供を教え、何回となく同じことを繰り返して、根気よくこれを導いているのを、傍らでその良人が感心していましたが、後で良人が『お前の忍耐力の強いのには驚いた。あんなに同じことを、何度も繰り返して教え込まねばならんものかね』との問いに答えて、スザンナは、しかし、二十遍教えれば覚えるはずのものを十九遍で止めたとしたら、如何にも残念ではありませんか』と、にこやかに笑ったといいます。

 

かくの如く、偉大な人物の陰には、殆ど申し合わせたように「よき母」がおります。

母の祈りと、愛と、涙と心尽くしぐらい、偉人をつくる上に貴い力はないと考えられます。

それにつけても私共は、母を尊ばねばなりません。

もっともっと母の恩愛を認識して、これを感佩したいものであります。

 

『子を抱ける母を見るより感ずべきものはなく、多くの子と共にいる母より神神しきものはなし』とゲーテは母性愛をたたえていますが、ナポレオンは、『子の将来の運命は常にその母の所作にあり』と、母の日常の行為が、いかに大きく子の将来に影響するかを言っております。

 

私は先によき母の例を外国にとって書きましたが、日本にも偉大な人物の背後には必ず偉大な母のあることは、歴史上にもその例が少なくありません。

単に歴史を飾る大人物に就いてのみならず、貧しい片田舎の家庭の隅にも、感ずべき母は少なくないのです。

 

建築家本間俊平氏が、或囚人の家を訪ねられたときの話を私は今でも覚えています。

それは丁度夏の焼け付くような暑い盛りでありましたが、囚人の母は裏から出て来て言うには、『何でも刑務所は、夏の暑いときに、狭い部屋の中に閉じ込められて、食事も両便もそこで弁ずるのだと聞きました。

勿論伜は悪いことをしたために入所したのではありますが、親の身としては、今日あたり、伜がどのようにつらい思いをしていることであろうかと心配でならず、それを思いやるために、さっきから裏のむさくるしい便所に入り、そこに屈んで、伜の身の上を考えておったところであります。』とのことに、本間氏はそれを聞いて感激に堪えず、直ちに刑務所を訪ねて、その伜に面会し、自分が今しがた目に見た彼の母のことを話すと、さすがの悪漢もこれには全く我を折り、以後は悔い改めて、見ちがえるような善人になったそうであります。

 

『子を持って泣かぬ親はなし』「子を持てば七十五度泣く」ともいいますが、子を思う親の真情は古今東西の区別はありません。

けれども、母を思う子の心にはまだまだ至らぬところが多くはないでしょうか。

殊に種々の事件相次ぐ昨今、日本人として、この感を強うせざるを得ません。

 

英国の有名な歴史家マコーレイの言葉に、『子供らよ、母の慈愛の眼、柔和な手、親切な声、それらの尚この世にある間にこれを尊重せよ。愛する母は神の最大の賜物であるゆえ、これを大事にせよ。御身らは、たとえ親愛なる一人の友人を失うとも、後日再び多くの親切な友人を得ることはあろうが、一度母をなくすれば、決して今一度母を持つことは出来ぬであろう。』と。

 

あ!遅かった!と思わぬ先に、仕うべき母に、心からの孝養を尽くしたいものであります。

 

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中森様の激動の人生の歩みをまとめた「特攻隊出撃前に終戦・・戦後は青少年育成 そして老人の生き甲斐へこの一身を捧げて」も、どうぞお読みください。