こんにちは。代表の竹内です。
もうすぐお盆の季節ですがコロナにより今年は帰省されない方が多いのではないかと思います。
私も在宅で読書したり映画を見る時間が増えました。
そんな中、遠藤周作さんの未発表小説「影に対して」が没後24年目の最近発見され、三田文学に掲載されるとのこと。
楽しみに本を待っているところです。
遠藤さんは、お母さんに対する負い目を持ち続けていて、そのお母さんの生き方と向き合う作品との解説です。
六日間の旅行という短編を読んだときに、お母さんのことが叔父(母の弟)の口から語られていましたが、相当に激しい生き方をされた方のようです。
私が不動産業駆け出しの35年前頃、遠藤周作さんの家(玉川学園にあった狐狸庵)の売却に関わっていて、そんな親しみもあって、重い小説も軽いエッセーもよく読みました。
◆
母についての色々な小説を読むと、様々な「母」がいるものだなあ、と自分の母親に思いが及びます。
お客様のプライベート相談中心に仕事をしていますと、さまざまな「相続」が日常のように関わってきます。
表向き、不動産を含めた財産のことが当然ながら多いのですが、相続人が揉めなければいいのか、税金が安くなればいいのか、もっと大事なことがあるのではないか、と常々感じていたところ、五木寛之さんの「こころの相続」という著書が目に留まりました。
いわく、人は親や親世代から形のないもの、例えば魚の食べ方や靴の脱ぎ方、しゃべり方などの生活のことから、体験や、それに基づく考え方など、いまの自分をつくっている見えない財産も相続しているという内容です。
自分が親からどんな「こころ」の相続をしてきたか、存命なら、どんなことを相続したいか、そして(お子さんのいらっしゃらない方も含めて)子供世代に何を相続させたいか、語っておくことを提唱されています。
その時は、立派な姿を見せる必要がなく、弱さをさらけ出すほうが大事な財産として子供の心に残るとおっしゃっています。
これは、五木さんも同じようですが私も「もっと話を聞いておけばよかった」「・・・したいときには親は無し」という後悔があるからです。
私の場合は、両親は大正生まれで市井の庶民でした。
父は20歳~30歳は兵隊とシベリア収容所で過ごし、母は14歳~22歳、女であるが故に里子に出された先で奉公という体験、戦闘以外の飢えや生活などの個人的体験について聞き逃したことが多いのです。
晩婚で私を生んだのですが、今となっては宝物のように育ててくれたことで、子供が戦争に行かなくて良い世の中であれば、どんな小さな生活でも良いと考えていたのではないかと、今となっては、ただ想像するのみです。
子が親に尋ね、親が子に答える、回想によって、こころの相続財残を増やすことは、親の脳が働き、認知症予防にもなると言われていますので、双方にとって一石二鳥ではないかと思います。
◆
コロナによって、物理的な三密(密閉・密集・密接)は、今後も避けられて来るでしょう。
三密は、もともと密教で、身体・言葉・心を仏様と一体化させる修行とのことですが、物理的な三密で集団的活動が得意だった日本人が、場所や時間が離れていても、精神的な三密を進化させる良いチャンスだと思います。
こころの相続という観点を心にとめて、仕事上の相続のお手伝いをすれば、より豊かな気持ちでお役に立てそうです。