プライベート不動産会社について、今月も実例をご紹介します。

今回は、「気持ちの片をつける」事例です。

相続した家をどうするか、たいへん悩ましいことが多いですね。

家は、生活の足跡、家族の記憶が詰まっている容れ物です。

処分にしろ、活用にしる、その記憶にも心配りしながら、お手伝いできる不動産会社でありたいと、いつも思っています。

 

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「やっと決断がついたので、手助けして欲しい」という連絡を当社スタッフがK様からいただいたのは、お母様か亡くなってから5年経っていました。

K様と当社スタッフは学校の同級生、仕事ではありますが、友人の悩みを聞いてあげるという面もありました。

 

一人っ子であるK様は、幼いころから、母親と二人暮らしでした。

父親がいないのは、亡くなったからだと言われていました。

小さい家でしたが、二人住まいにはちょうどよく、独立して家族を持ってからは母親が一人で暮らしていました。

 

終末の介護を経て、母親が亡くなり、相続の手続きをしようとしたとき、その事は起こりました。

小さな家を相続するのは、自分一人で、手続きに必要な戸籍謄本を揃えていたときです。

亡くなったと聞いていた父親が、つい最近まで生きていたことが戸籍謄本で分かったのです。

声から顔から、記憶の中にまったくない父親の存在を見て、K様は激しく動揺しました。

 

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母と父のあいだに、何があったのだろうか。

母は、なぜ私に黙っていたのだろうか。

母と二人で暮らしていた、あの家での生活は、本当の生活だったのだろうか。

聞きたくても、母も、戸籍上の父も亡く、永遠にわからないままなのだろうか。

もちろん、戸籍を追って調べて回れば何かわかるかも知れませんが、今さらそのようなことをして何になるのか、さらに聞きたくない話が出てくるのも恐ろしい。

 

そう思った瞬間、相続した家に入れなくなってしまったのでした。

近くまで行くのですが、胸が苦しくなって、それ以上近づけませんでした。

それは5年続きました。

 

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5年経ち、自分も古希の年が近づいて、ようやくわからないものは、わからないままにしておくほうがいい、という気持ちになってきました。

今は奥様の母親と同居していますが、義母が介護が必要な状態になって、住んでいる家を大がかりに改修する必要がありました。

それであれば、あの相続した家を処分して、そのお金を改修費用に充てようと思いました。

謎は残ったままでしたが、母と自分が暮らしていた家が、義母と暮らす家の費用に移りかわるのであれば、母も喜んでくれるだろうと思いました。

 

そう気持ちに片を付けるに至り、不動産の仕事をしている級友でもあり、高校生のころ家に遊びに来たこともある当社スタッフに「売るにあたって家の中を片付けるから、おい、お前、一緒に家に入ってくれ。」という頼みごとになったのでした。

 

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プライベート不動産会社としての当社へのご相談は、相続に関係するものが全体の相談の半数にもなります。

しかし裏側には、たくさんの物語と葛藤、個人史があります。

想い出は記憶の中で生きているからと、物としての家は躊躇いなく取り壊したり処分される方もいらっしゃれば、親の荷物を片付けられずにそのままになっている方、今回のケースのように、近づきたくても近づけない事情が出来てしまった方、いろいろです。

また不幸にして、相続に争いごとが起こってしまい、そのまま塩漬けになってしまう場合もあります。

お話を伺い、気持ちを共有するのもプライベート不動産の役割です。

不動産業務としては、単純に相場でいくらです、といった仕事と最後は同じですが、気持ちを吐き出していただくことで、片をつけることが出来るのが違いです。

吐き出す相手にふさわしい信頼をつくることこそ大事だと思っています。