こんにちは。代表の竹内です。
美浜三丁目の新事務所にてスタートし、早一か月。
今回の事務所の神棚の入魂式は、神奈川県津久井湖近くの照天神社、金子宮司にお越し頂きました。
一人ひとりのお話に耳を傾け、心底にある願いを神様に届ける、業態は違いますが、その在り方が通じるものがあると思いました。
後日、インタビューの記事をアップしますので、宜しければお読みください。
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ところでプロ野球は今年もソフトバンクが日本一になりました。
会長の王貞治さんは、現役時代に私が一番好きだった選手です。
滞空時間の長い美しいホームランと、求道的な侍のような佇まいを見るためテレビにかじりついていました。
王さんはインタビューで「神社にはお詣りに行くが、神様、ホームランを打たせて下さいとも神頼みしたことは一度もない」とおっしゃっています。
神社で手を合わせてするのは「感謝」だと。
以来、私も、神様は頼る存在ではなく感謝する対象というように思うようになりました。
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感謝の言葉と言えば「ありがとう」ですが、どちらかというと何かしてもらった時に言うことが多いように感じます。
では、何もしてもらわなかったら感謝しないのか、ということになりますが、もっと深い言葉に「ありがたい」があると思います。
何もしてもらわなくても、存在自体に感謝するときに使います。
疲れた体で往く道に咲く一輪の花は、ありがたい存在ですし、父母も山も川も、何かしてもらわなくても、「ありがたい」です。
王さんも、きっと神様に健康で野球ができることを感謝しに行っていたのではないかと想像します。
神様だって、個人の頼み事をする人より、万物をありがたく思ってくれる人を支援したくなりますよね!
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私たちの会社には、よく「儲けにならない話で済まないが・・・」という枕詞をつけてお客様が相談にいらっしゃいます。
しかし数ある不動産屋さんの中から選んで来てくださったこと自体が「ありがたい」です。
たとえ私たちが何かアドバイスなり知識を無償であげたとしても、私たちも「ああ、その方面の事を勉強せよ」と教えてもらっているのです。
お客様も受け取っていますが、同時に私たちも何かを受け取っているのです。買ってくれたから「ありがとう」ではありません。
外国の方が、日本人は何も買わなくても店員が「ありがとうございました」とお礼を言う、と不思議がりますが、何も買わなくても、店員さんが「何か」を受け取ったお礼かもしれませんし、店を知っていただいたことへの感謝かも知れません。
私あげる人、私もらう人、という一方通行の考え方の世の中なら、どんどん無人化して行くでしょう。
しかし、あげながら、同時にもらっている、という考えが当たり前の世の中であれば、人の関わりが大事であり続けるでしょう。
おかげ様とありがたいが身についている日本の活躍場面は、これからだと思います。
私たちの会社も、身近に相談できる相手がいてくれて、ありがたいと言われる会社に向かって行こう、と決意を新たにしました。
コロナでお出かけしにくい昨今ですが、どうぞお健やかに年末年始を迎えられるよう願っております。
竹内 健二
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